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連載|農業を科学する 第5回 データで見直す施肥設計

連載|農業を科学する 第5回 データで見直す施肥設計
出典 : 「はえぬき」を育てる山形県庄内町・U米MON株式会社の圃場(写真提供:代表 佐藤裕太氏)

「足りない」も「入れすぎ」も土を乱す──データで考える施肥

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こんにちは。Eric Kawabe & Associatesの須藤弥彦です。
前回は、雑草や害虫といった毎シーズンの悩みが、土壌のミネラルバランスと深くつながっていることをお伝えしました。
そのバランスを実際の施肥に落とし込むとき、つい起こりやすい考え方があります。
「効いたから、もっと入れよう」。ある資材で生育が良くなれば、来年も同じだけ、いっそもう少し増やそうと考えるのは自然なことです。ですが、それを続けるうちに、かえって土壌 of バランスを崩してしまうことがあります。
今回のテーマは、データにもとづいて施肥を見直す「精密施肥」です。「足りない」も「入れすぎ」も土を乱す——その理由と、これからの施肥の考え方を一緒に見ていきます。

須藤 弥彦(すどう やひこ)

須藤 弥彦(すどう やひこ)
ニュージーランドのMassey大学で環境学を専攻。同大学はEric Kawabe & Associates創設者・エリック川辺博士の母校でもある。卒業後、独立系土壌分析機関Brookside Labsよりコンサルタント資格を得る。ニュージーランドを拠点に日本国内外の農業者の土壌改善と生産性向上を支援している。

「効いた」が、そのまま正解とは限らない

たとえば、カルシウムが不足していた土壌にカルシウム資材を入れたとします。その年、作物の生育が改善。これは、その圃場に必要なものを補ったから起きた、自然な結果です。ただし、不足が解消した後も同じ量を入れ続けると、今度は過剰になる可能性があります。すると、マグネシウムやカリウムなど、ほかの成分の吸収が妨げられることがあります。つまり、初年度に効いたことと、その後も同じ量を入れ続けることは、同じではありません。

過剰施肥は、不足と同じように有害

「足りないから入れる」は直感的にわかりやすい考え方です。一方で、「入れすぎることの害」は見えにくいかもしれません。しかし、ミネラルには拮抗作用があり、一つが過剰になると別の成分の吸収が妨げられることがあります。
たとえば、
カルシウムが多すぎると、マグネシウムやカリウムの吸収が落ちることがある
カリウムが多すぎると、カルシウムやマグネシウムに影響することがある
リンが多すぎると、亜鉛や鉄など微量要素の吸収を妨げることがある
このとき厄介なのは、分析上は土の中に成分があるのに、作物がうまく使えない状態が起こりうることです。さらに、不足は足すことで対処しやすい一方、過剰は簡単に引くことができません。
作物に吸収させたり、時間をかけて減るのを待つしかない場合もあります。だからこそ、入れすぎないことがとても重要になります。

施肥は「投入量」ではなく「差分」で考える

では、どう考えればよいのか。ここで大切なのが、施肥の基準を変えることです。
これまでの施肥は、「この作物にはこれだけ必要」「去年もこの量でやった」
「地域ではこの量が標準」という考え方に寄りやすかったかもしれません。ただ、その考え方では、今その圃場に何がどれだけあるかが抜け落ちやすくなります。
精密施肥では、次の順番で考えます。

  1. 土壌分析で、今の状態を知る
  2. 目標とする土壌状態を決める
  3. その差分を埋める

足りないものだけを補い、足りているものは入れない
これが、精密施肥の基本です。

窒素は「標準量」だけでは決められない

窒素で特に重要なのは、土壌そのものが持っている供給力です。土壌中では、有機物が分解される過程で窒素が供給されます。この地力窒素を見ずに、毎年同じ標準量を入れてしまうと、窒素過剰につながることがあります。窒素過剰は、徒長や倒伏だけでなく、病害虫リスクにもつながりやすくなります。だからこそ、窒素も「とりあえず標準量」ではなく、土壌から出てくる分を見込んで、不足分だけを補うという考え方が重要です。

同じ圃場でも、土の色や質感は場所によって異なる。

同じ圃場でも、土の色や質感は場所によって異なる。

土によって、「入れ方」も変わる

同じ不足でも、土によって対応は変わります。保肥力の高い土は、養分をため込みやすい一方で、過剰になったときに修正しにくい傾向があります。逆に、保肥力の低い土は、一度にたくさん入れても流れやすく、少量を分けて入れる方が向くことがあります。つまり、必要なのは「何を入れるか」だけではありません。その土に合った量と入れ方まで含めて考えることです。

微量要素は、少ないからこそ見落としやすい

もう一つ忘れてはいけないのが、微量要素です。
ホウ素、マンガン、亜鉛、銅などは、必要量が少ないため見落とされがちです。
ですが、これらは酵素の働きや光合成、窒素代謝などに深く関わっています。量はわずかでも、不足や過剰が収量や品質に影響することがあります。
NPKだけでは見えない世界がある、ということです。

精密施肥は、これからの経営リスクへの備えになる

必要なものを、必要な量だけ。この考え方は、いま特にコスト面で大きな意味を持ちます。近年、肥料の価格は世界的に高止まりしています。原料の多くを輸入に頼る日本では、国際情勢や為替の影響を受けやすく、価格の先行きを読むのは簡単ではありません。
こうした状況で効いてくるのが、「足りないものだけを補い、足りているものは入れない」という考え方です。すでに十分にある成分や、過剰になっている成分まで例年通り投入していれば、その分はそのまま無駄なコストになります。
土壌分析にもとづいて投入を必要な分に絞り込むことは、価格が上がり続ける局面ほど、経営への効き目が大きくなります。
つまり精密施肥は、単なる節約ではありません。コストの変動に振り回されにくい経営をつくる、リスクへの備えでもあります。

施肥は「土の貯金」を増やす営み

精密施肥の価値は、それだけではありません。第1回でお伝えしたように、これまでの農業は、土がもともと持っていた「土の貯金」を少しずつ使いながら成り立ってきた面がありました。その年の不足を補うだけでは、目減りした貯金は戻りません。
土壌分析をもとに不足分を補っていくと、ミネラルバランスが整い、微生物が働きやすくなり、土壌構造も安定していきます。それを毎年積み重ねるなかで、減らしすぎた土の貯金が、少しずつ戻っていきます。こうして団粒構造が育った土は、スポンジのように水を蓄え、また通す力を持ちます。大雨のときには水をため込み、乾いたときにはゆっくり供給する。気候のふれ幅が大きくなっている近年、こうした土の力は、ゲリラ豪雨にも干ばつにも備える土台になります。
コスト削減が足元の効果だとすれば、こちらは長い目で見た価値です。施肥とは、減っていく蓄えをただ埋め合わせるための出費ではなく、土の貯金を増やしていく営みでもあるのです。

根の張りや土の様子を、株ごと掘り上げて確かめる。山形県庄内町・U米MON株式会社(写真提供:代表 佐藤裕太氏)

根の張りや土の様子を、株ごと掘り上げて確かめる。山形県庄内町・U米MON株式会社(写真提供:代表 佐藤裕太氏)

精密施肥は、自分の土を知ることから始まる

「効いたから、もっと入れよう」ではなく、「今の土に、何がどれだけ必要なのか」で考える。
この判断の切り替えが、無駄な投入をなくし、土の力を取り戻していく第一歩になります。価格が読みにくい時代だからこそ、自分の土に必要な分を見極めることの意味は大きくなっています。
そして、その出発点はいつも同じです。
自分の土のデータを持つこと。

次回は、「連作障害はなぜ起きるのか」を取り上げます。

「同じ作物を続けると土が疲れる」と感じる、その背景には何があるのか。
連作障害の正体を土壌の視点からひもとき、作付けの選択肢を取り戻す考え方を見ていきます。

須藤貴之(Eric Kawabe & Associates)による「土づくり勉強会&Humus活用圃場 視察会」を開催します

この連載でお伝えしていることを、現場で一緒に確かめてみませんか。

2026年7月、Eric Kawabe & Associates所属の農業・土壌コンサルタント・須藤貴之が直接お話しする勉強会と、土壌改善を支援するサービス「Humus」を導入している農業者の圃場を見学する視察会を、東北・関東各地で開催します。

当日のプログラム(13〜20時
1. 須藤貴之による土づくり勉強会
2. Humus実践圃場の視察会(バス移動)
3. Humus実践農業者を交えた懇親会(会費制・任意参加)

開催日程
● 2026年7/3(金)山形県・鶴岡
● 2026年7/6(月)秋田県・大館
● 2026年7/7(火)青森県・五所川原
● 2026年7/13(月)茨城県・境町
● 2026年7/15(水)新潟県・新潟

会場の詳細は申し込み後にご連絡します。農業者の方のみご参加いただけます。