連載|農業を科学する 第3回 土壌科学の三脚モデル
pH調整だけ、堆肥だけ、微生物資材だけ──「部分最適」では土が応えない理由
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こんにちは。Eric Kawabe & Associatesの須藤弥彦です。私たちはニュージーランドを拠点に、世界各地の農業者の土壌改善をサポートしているコンサルティンググループです。
前回は、「自分の圃場の条件を知ること」が、科学的な農業の出発点だとお伝えしました。
そのヒントは、足元の土の中にあります。
今回は、土壌を見るときの基本的なフレームワークとして「物理性・化学性・生物性」という三つの視点をご紹介します。
「石灰を入れたが、収量が思うように伸びなかった」「微生物資材を試したが、効果が見えにくかった」——そんな経験はないでしょうか。なぜ一つの対処だけでは土がなかなか応えてくれないのか、三つの要素のつながりから一緒に見ていきます。

須藤 弥彦(すどう やひこ)
ニュージーランドのMassey大学で環境学を専攻。同大学はEric Kawabe & Associates創設者・エリック川辺博士の母校でもある。卒業後、独立系土壌分析機関Brookside Labsよりコンサルタント資格を授与。ニュージーランドを拠点に日本国内外の農業者の土壌改善と生産性向上を支援している。
土壌を支える「三本の脚」――物理性・化学性・生物性
土壌の状態を正しく把握するためには、「物理性」「化学性」「生物性」という三つの側面から多角的に見る必要があります。
この三要素の関係は、三本脚の椅子に例えると分かりやすいかもしれません。三本とも同じ長さなら安定しますが、一本でも極端に短ければ椅子は傾きます。逆に一本だけ長くても安定はしません。三つの側面をバランスよく整えていくことが、作物にとって健全な生育環境につながります。
- 物理性:土の構造、排水性、保水性、通気性
- 化学性:ミネラルバランス、pH、養分保持力
- 生物性:微生物の多様性、有機物の分解力
これら三つの要素は、それぞれが独立して存在しているわけではありません。互いに深く関連し、常に影響を及ぼし合っています。土壌改良を行う際には、これらを切り離して考えるのではなく、全体のバランスを見ながら同時に整えていく視点が不可欠です。

「やっているのに効かない」のはなぜか
「良かれと思って施策を打っているのに、期待したほどの効果が出ない」——その背景には、一つの側面だけを改善しようとして、他の要素とのつながりを見落としているという問題が隠れている場合があります。
例えば、石灰を撒いてpHを適正な数値に調整したとします(化学性の改善)。しかし、もしその土壌の排水性や通気性が悪ければ(物理性の課題)、根は十分に伸びることができず、調整したはずの養分を吸い上げることができません。化学的な処置だけでは、土壌全体の生産性は向上しないのです。
堆肥の投入も同様です。堆肥が分解され、作物が利用できる形になるためには、微生物(生物性)の働きが欠かせません。そして、その微生物が活発に活動するためには、ミネラルバランス(化学性)が整っているという条件が必要です。
三つの要素は「循環」している
これら三つの要素は独立した問題ではなく、次のような循環の中にあります。
- 化学性が整うことで、土の団粒構造化が促進され、物理性が向上する。
- 物理性が整うことで、根や微生物が活動しやすい環境になり、生物性が活性化する。
- 生物性が高まることで、有機物の分解が進み、植物が化学性(養分)を活用しやすくなる。
一つが改善されれば他にも良い波及効果が生まれ、逆に一つが欠ければ全体が停滞します。部分的な施策が思ったほど効かないと感じるとき、この循環のどこかにボトルネックが残っている可能性があります。
「同じやり方」を続けることのリスク
これまで個別の対処を重ねてきて、成果が思うように上がらなかったとしたら、それは手法そのものが間違っていたからではありません。他の側面がボトルネックとなり、改善の効果を引き出しきれていなかった可能性があります。
特に注意が必要なのは、長年にわたって同じ作業や施肥を続けてきた場合です。たとえ一般的に「良い」とされる資材や方法であっても、同じアプローチを繰り返すことは、土壌の特定の側面だけに影響を与え続けることになります。
毎年欠かさず同じ有機肥料を投入し続けていたとしましょう。最初の数年は目に見えて効果が現れるかもしれません。しかし、長年繰り返すうちに特定のミネラルが過剰に蓄積したり、微生物相が偏ったりすることで、かつての「プラスの作用」が今度は「バランスを崩す要因」へと変化してしまうことがあります。
土の見え方が変わるとき
日本中のどの圃場にも効く「魔法の資材や方法」はありません。土は非常に複雑で、一つとして同じ状態の場所はないからです。
「なぜ今の対処が十分に効いていないのか」を、物理性・化学性・生物性の相互関係から問い直す。この多角的な視点を持つことで、土の見え方は変わっていきます。「部分的に手を打つ」から「土全体のバランスを整える」へ——この発想の転換こそが、真に効果のある土壌改良への入り口です。
圃場で土を見るときも、三つの視点を持つだけで観察の解像度は変わります。スコップで土を掘り起こし、手で触れてみる。土の色、質感、硬さ、湿り気、匂いを五感で確かめる。そこに土壌分析の数値を重ねることで、その圃場に合った改善策を考える手がかりが増えていきます。

スコップで掘り、手で触れる。圃場での日々の観察と土壌分析の数値を合わせることで、土の状態がより確かに見えてくる。
「土とは何か」――探求はまだ始まったばかり
とはいえ、ここまでお伝えしてきた「三本の脚」という見方は、土壌という広大な世界の入り口にすぎません。
物理性・化学性・生物性のそれぞれは、掘り下げれば掘り下げるほど、独立した学問として成立する深い奥行きを持っています。土の粒子の大きさや隙間のあり方が、植物の根とどのように対話しているのか。土の中で、ミネラル同士はどのように拮抗しあっているのか。目に見えないミクロの生態系が、いかにして生命の循環を支えているのか——これらは、単純な数式や理屈だけで片付けられるものではありません。
「土とは何か」という問いに向き合いはじめると、見えてくる風景は驚くほど広がっていきます。
この連載では全体像をお伝えするところまでとなりますが、今後、機会を見て、物理性・化学性・生物性のそれぞれについて一つずつ丁寧に深く掘り下げる解説もお届けしていく予定です。土の本当の姿を知るための探求は、まだ始まったばかりです。
次回は、「ミネラルバランスが解く雑草と害虫の方程式」を取り上げます。
三脚モデルの中でも化学性の中核をなすミネラルバランスが、雑草や害虫といった現場の困りごととどう関わっているのか。除草剤や農薬への依存を減らしながら結果を出せる土壌のメカニズムを見ていきます。
須藤貴之(Eric Kawabe & Associates)による「土づくり勉強会&Humus活用圃場 視察会」を開催します
この連載でお伝えしていることを、現場で一緒に確かめてみませんか。
2026年7月、Eric Kawabe & Associates所属の農業・土壌コンサルタント・須藤貴之が直接お話しする勉強会と、土壌改善を支援するサービス「Humus」を導入している農業者の圃場を見学する視察会を、東北・関東各地で開催します。
当日のプログラム(13〜20時)
1. 須藤貴之による土づくり勉強会
2. Humus実践圃場の視察会(バス移動)
3. Humus実践農業者を交えた懇親会(会費制・任意参加)
開催日程
● 2026年7/3(金)山形県・鶴岡
● 2026年7/6(月)秋田県・大館
● 2026年7/7(火)青森県・五所川原
● 2026年7/13(月)茨城県・境町
● 2026年7/15(水)新潟県・新潟
会場の詳細は申し込み後にご連絡します。農業者の方のみご参加いただけます。
minorasu編集部
minorasuは、「農業経営をより効果的に実践したい」「これまでなかなか踏み込めなかった農業経営にまつわるノウハウを学びたい」といった、農家の皆さまのお悩みに応えるためのメディアです。それぞれの課題を乗り越えるのに役立つよう、生産効率、資金計画、加工・流通など様々な角度から情報をお届けします。